台湾旅行4日目① 龍山寺と國父紀念館
2018年4月30日(月)
長かったような短かったような3泊4日の台湾旅行も、今日で最終日です。(この旅をブログにまとめる時間はめちゃくちゃ長く感じましたが……。)本日14:25発成田行きの便で日本へ帰ります。
とりあえず今日は、まず二日続けていた早朝ランニングは朝起きた瞬間無理と判断。体が重いというのもありましたが、まあ昨日走ったからいいやという甘えの気持ちにも負けてしまいました。
ただそのお陰で、今朝はまあまあゆっくりすることができました。そういえば、今回泊まったホテルの紹介をまだしていなかったので、今回はまずはホテルの感想を写真と共に書いていきます。
私は飛行機代と宿泊費については可能な限り抑えたいと思う人間なので、毎回ホテルの面積は狭くなりがちなのですが、今回泊まった天津大飯店は一泊5,000円以上したということもあって、シングルルームとしては十分過ぎるぐらいの広さでした。やっぱり泊まってみると、何だかんだ部屋が広い方が気分が良いものですね。
風呂とトイレについてはユニットバス形式でしたが、こちらもかなり綺麗にされていたので特に問題はなかったです(仕切りが付いていなかったことだけが唯一気になりましたが…)。あとは駅から近かったこと。やっぱりこれが一番ですね。旅行するならホテルは主要駅からなるべく近いところにする、これはどこに行っても外せないポイントだと思います。
総合すると十分満足のいくものだったので、もしまた台北に来る機会があればまたここに泊まろうかな、そう思いながら午前8時頃チェックアウトしました。あ、あと一昨日士林夜市で買ったフルーツの残りについてなんですけど、また長い時間かけて食べようという気に全くなれなかったので、勿体なかったですが処分しました。。無理に食べて口内がヒリヒリするぐらいなら、いっそ食べない方がマシだろうと思いまして…。
龍山寺
さて、ホテルを出てから空港へ向かうまで、大体4時間くらいの時間があります。元々はこの間に、1日目に行けなかった九份に行ってやろうかと考えていたのですが、冷静になって考えてみると、4時間以内に九份を観光するのはかなり厳しい。そもそも九份は、台湾北部にあるといっても台北中心部からはかなり離れているので、万が一帰りのバスが遅れたらなどといったことも考えると、最終日に強行して行くのはかなりリスキーだと思われました。よって、今回は見送るのが妥当だと判断。九份はまた次来る機会に行くことにしました。
九份に行かないとなると、もう他に行く予定だった台湾の観光地はありません。仕方がないので、他に予定していなかった台北中心部の観光地を回って時間を潰すことにしました。
まずやって来たのは、龍山寺というところです。龍山寺は台北で最も古い廟として有名で、場所も台北駅からMRT板南線で二駅先の龍山寺駅のすぐそばにあります。
龍山寺駅と龍山寺の間にはちょっとした広場があったのですが、そこにホームレスの人を割と多く見かけたのが印象的でした。これは龍山寺駅前に限らず台北駅周辺でも見かけたことなのですが、実際に現地に訪れてみるとガイドブックには決して載っていない負の側面を垣間見れるというのも、ある意味で貴重な経験だと思います。
せっかくなのでホームレスの人の写真を………撮るわけにはまさかいかなかったので、代わりに広場にいた猫の写真を。そういえば台湾は、日本ほど野良猫の姿をあまり見かけなかったような気がします。
そんなことをしながら龍山寺の門の前まで来ました。屋根の上には龍の彫刻が多く飾られており、さすが「龍」という名が付くだけあるなーと思いました。
ただ、門の間に電光掲示板が挟まっているというのは、ちょっと違和感がありましたけど…。でも電光掲示板は京都の伏見稲荷でも見かけたことがあるので、まあそんなもんなんですかね。
中に入ると小さな広場が広がっており、右手には何と滝が流れていました。
これは多分人工的に作られたものなんでしょうけど、それでも近くまで来たらかなりの迫力がありました。
池の中には龍と鯉の像が設置されており、真上に向かって水を吹いていました。そういえば、ポケモンではコイキング(鯉)がギャラドス(龍)に進化することになってますけど、この組み合わせって実はちゃんと意味があったのかなあ、とこれを見て思ったりもしました。
せっかくなので広場のさらに奥の方へも行ってみます。こちらの門も相変わらず金の装飾や龍の彫刻が素晴らしい。
門を通ろうとすると、どうやら奥の方は思ったよりもたくさん人がいるようでした。
いや、「思ったよりもたくさん」どころじゃなないです。大量にいます。さすが台北最古の廟です。
そしてお経(?)を読む人達の大合唱も聞こえてきて、これがまた凄かったです。写真の右側に座っている人達がそうなのですが、物凄い大音量で廟内に響き渡っていました。ただ平日ということもあってか、唱えているのは老人ばかりでしたけど…。
お供え物もこのように大量に並べれらていました。恵済宮のときもそうでしたが、パッケージは派手というか基本的に赤色を基調としたものが選ばれている感じでしたね。
とりあえず内部を軽く一周周ってみます。感想としては、参拝している人たちが熱心に真面目に祈りを捧げている姿が印象に残りました。先ほどのお経の大合唱もそうですが、基本無宗教な人が集まる日本ではこういう光景は中々見られないものではないかと思います。
線香をあげたりその煙を浴びる人々。それにしても、真面目に参拝している人達の姿を見ていると、冷やかしってわけではないですけどただ観光で寄っただけの自分がこの場にいることが、何だか凄く失礼なことしているような気がしてきました。中の人達の写真をこれ以上撮るのも気が引けるし、見所のある場所ではありましたがあまり長居はせずに引き上ることにしました。
國父紀念館
龍山寺を早めに切り上げてしまったで、時間にはまだまだ余裕があります。あともう一つぐらいは観光地を回れそうだということで、次は同じくMRT板南線沿いにある國父紀念館へ行ってみました。
國父紀念館の北側入口。背後には巨大な台北101が聳え立っているのが見えます。
さて、國父紀念館といっても一体誰を紀念しているんじゃって話ですが、答えは「孫文」です。孫文は1912年、辛亥革命を起こして清朝を打倒し中華民国を建国した人物で、まさしく近代中国における「國父」といえる存在です。
孫文は中国国民党の初代総統でもあり、今では蒋介石と同じく台湾の地で英雄として崇められています。しかし、孫文自身は台湾を訪れたことはありません。孫文が亡くなったのは1925年で、そのとき台湾は絶賛日本の植民地の状態でした。そしてその前の清朝の時代では、台湾は「化外の地」などと呼ばれ、要するにほとんど国から見捨てられたような状況でした。なので当時の中国の人にとっては、「台湾」という場所はそもそも着眼するという視点自体が無かったかと思いますが、それから数十年して自分が台湾という島でこんなにも崇められる存在になろうとは、孫文もまさか夢にも思わなかったでしょう。
しかし、孫文の革命への意志はあくまで”中国”という大陸全土に及ぶものであり、その意志が結果的に台湾という島の中だけで収まってしまったというのは、本人としてはどういう気持ちなのかな~、などと思いながら建物の中へ入ります。(ただし孫文は、対岸中国の方でも一応「國父」として同じく尊敬はされているそうです。)
建物の中は中正紀念堂と同じく豪華壮麗なものでした。写真の正面の額縁には「中山」とありますが、「中山」とは孫文のことです。ただし、「中正」が蒋介石の本名という関係性であったのに対し、「中山」はあくまで孫文のあだ名(号)に過ぎません。しかしながら、台湾や中国では孫文よりも「孫中山」の名の方が通っており、街の道路でも至る所に「中山路」という名前を見かけます。
中央ホールの方に行くと、これまた中正紀念堂のときと同じく衛兵二人と孫文の超でかい銅像が。衛兵の交代式についても同様に毎時00分に行われているそうです。
2階に上がると孫文の展示ブースがあったので、見て回ります。孫文は留学や亡命で日本にも何度も訪れたことがある人物だったので、個人的には結構期待していたのですが……、中正紀念堂の蒋介石の紹介と比べて規模はかなり小さいし、日本語による説明文の翻訳も少なかったので、ちょっと期待外れでした。
そんな中、孫文自らが揮毫した書を見つけました。上の「天下為公」の四文字は、孫文が生前最も好んで使っていた言葉だと言われています。「天下を以て公を為す」。つまり、中国人に内在する「”私”中心の考え方」を改め「“公“を重視する考え方」に転換する、それこそが孫文が目指した中国革命であったわけですが、結果的にそれが成し遂げられたのが“中国“ではなく、かつて日本の植民地であった“台湾“だった、ということに何とも言えない皮肉さを感じます。
他にも建物の中を回ってみると、これまた同じく美術作品の展覧会もやっていました。
佇む女生徒の絵や、
チャイナドレスを着た中国美女の絵。チャイナドレスを見ると、昨日のひのき村の店員の女の子を思い出してしまいます。
ローラースケートに乗った小男?このような面白い彫刻もありました。
展覧室を出ると、中央ホールでは衛兵交代式の時間が近づいてきたのか人が集まり始めていました。せっかくなので私も下に降りて見学することにします。
といっても、やってることは中正紀念堂のとほぼ変わりないんですけどね。交代式は三日前にも見たし、わざわざ見る必要もなかったのですが、他にやることも特になかったので…。
今回も多くのギャラリーに囲まれながら堂々とした交代の儀式を見せてくれました。ただし今回は、衛兵の一人が途中よろけて体勢を崩してしまうシーンを私は目撃してしまいました。衛兵たちの直立不動ぶりや動きの整然さにはただただ感嘆するばかりだったんですけど、あのシーンを見ると「ああ、彼らも人間なんだな」とちょっとホッとしてしまった自分がいました。
國父紀念館は交代式を見終わった午前10時10分頃に後にしました。空港へ向かうにはそれでもまだ時間があるということで、最後に鼎泰豐で小籠包を食べてこの台湾旅行を締めることにしました。
続く